「もしもお月さまがさくらのようなももいろで」☆感想その1☆&私の話
皆さん、朝陽さんの著書はもうご覧になりましたか?発売日以来、話題になってあちこちで感想も漏れ聞こえるようになってきましたね![]()
今日は感想と共に、私の幼少期の話を書こうと思います。興味のない方はスルーして下さいね!
まずは先日まとめて用意した本10冊を、親戚や友人とその子供などにプレゼントしました。その中の何人かは私と好きなものが似ているので、気に入った写真集や文庫本が見つかるとお互いに贈り合いをしているのですが、今回はいきなり児童書が届いてびっくりしていました!でも本を読んでみて、みんなから一様に「こんな素敵な本をありがとう。久々に心から感動出来ました。」っていうお礼のメールを受け取りました。(お礼は朝陽さんに・・・なんですけどね
)それから自分用以外に3冊を自宅にストックしておくことにしました。うちにはいろんな友人知人が遊びに来るので、もし気に入ってもらえたら差し上げようとと思って・・。たくさんの人に読んでもらいたいですね。そういえば一人だけ、私の叔母は少女時代の私を知っているので、この本を読んで「○○ちゃんの子供の時と同じだね。」と言って懐かしい話をしてくれました![]()
そうなんです!私の幼少時と朝陽さんの幼少時があまりにも似ていて驚きました。うちは前にもお話しましたが、両親がお寿司屋さんを営んでおりました。店には生けすがあり、ハマチや鯛、タコなどが悠々と泳いでいるのをよく眺めて過ごしました。父は知り合いが多く、私の記憶の限りではお相撲さんやプロゴルファーがよく来られてました。最近お亡くなりになった元関脇「荒瀬」関は、大阪場所で関西に来られるとタニマチと呼ばれる後援会の方たちに連れられて、てっちりなどを食べによくいらっしゃってたようです。(記憶にある頃はもう引退されてましたが、その後もよくいらしてました。)まだかなり小さかった私はバカデカイお相撲さんにビビリまくってたらしいのですが、片手にひょいと抱っこされている写真がたくさん残ってます。もちろん私は号泣ですが(笑)。
お店は父が大将と呼ばれ、板前さんを2人雇っていました。アルバイトの学生さんもいましたが、それでも忙しいので母が手伝っておりました。私は最初保育園に預けられていましたが、毎朝別れ際は朝陽さんの本にあるような、まさにそんな光景でした。私が部屋に入ると手の届かないところにある鍵が掛けられて、母は廊下で手を振って遠くへ消えていきます。私はドアと自分の声がつぶれてしまうかというくらい泣き喚きました。その時のことを母は今でも強烈に覚えているようで、「あの時は廊下の端まで聞こえてくる泣き声に、辛くて自分も泣きながら店へ向かった。」と教えてくれました。朝陽さんはこんな時の思いを、「母がぼくのからだの中に住んでほしいと思うほど母といつもいっしょにいたかった。」と表現されていましたが、まさに
そうでした!でもこの思いを9歳でこんなに的確に言葉で説明出来ていることが驚きです。
小児心身症という言葉は最近ちらちらと耳にするのですが、この頃の朝陽さんがこういう症状だったとは・・・。本当にお母様と離れて過ごすことに苦痛を感じておられたんですね
またこんなに慕う我が子を置いてお仕事に向かうお母様の心も辛さでいっぱいだったんでしょうね。
ところで私は朝陽さんと同じ一人っ子ですので、家では遊び相手がいませんでした。自宅には祖父母がおりましたが、祖母が病気で半身不随となって祖父が世話をしている状態でしたので、普段は私の相手をしてくれる余裕がありませんでした。なのでいつも私は学校が終わると、自宅から5分ほど離れた店の奥の部屋で、母が一端帰宅する9時過ぎまで孤独に過ごしていました。ちょうど私も4歳くらいの時に、母に”ひらがなの練習帳”を与えてもらいました。例えば「あ」なら朝顔の絵に塗り絵をして、”あ”の文字をなぞり練習する・・というものでした。それを”ん”まで書けるようになると、部屋の隅に積み上げられていた店の広告チラシの裏(真っ白だったので)に、思いつくまま字を書きました。自分の名前、友達の名前、お店の壁に掛けてあるネタの名前(えび、いか、まぐろ、など)とか、とにかく何でもいいから書きました。そしてそのうちに、母と交換日記のノートを交わすようになりました。
朝陽さんのお母様は、朝陽さんの書いたお手紙に「ありがとう!」とメッセージを必ず書いてあげておられたようですが、私の母は「○○ちゃんがもっといい子にしていてくれるとお母さんは助かります!」みたいなことばかり書くので、いつしかその交換ノートはしなくなりました。でも母は歌うことが好きで、お店で用事をしながらよく童謡など聴かせてくれました。そしてそのうち、私がピアノに興味を持っていることを知り習わせてくれるようになりました。それからは書くこととピアノを弾くことが、私の気持ちを代弁する手段となりました。あれから20年以上経った今も、私の中で感動や悲しみなどを表現する手段は変わりません。
「こころの病気を治してくれた字」に書かれた朝陽さんの”書く”ことに対する思いこそ、朝陽さんの”表現”の世界の原点なんだな~と思い、ひとつひとつの言葉を噛み締めるように、大切に読ませて頂きました。
タイトルになった「もしも~」の詩も素敵ですね。途中に出てくる写真集のお月さま、どう見たって”ももいろ”ですよね。きれいなももいろです。子供の頃って、ものをありのまま感じて表現できた気がします。なのに成長して大人になっていく過程で、「月は黄色!トマトは赤!髪の毛は黒!」って既成概念が出来てそれに縛られた見方しか出来なくなってしまってる自分がいます。これを考えていた時、ある出来事を思い出しました。
これも話が逸れて私事ですが、学生時代にアルバイトで子供向けのイベントの仕事をしました。私は塗り絵のコーナーにいて、「クレヨンしんちゃん」か「セーラームーン」のどちらかを選んでもらい、子供たちが自由に塗り絵するのを見てました。そこにはいろんな親子連れがいて印象的だったのが、ある男の子が”のはらしんのすけ”の顔を肌色ではなく、真っ赤な色鉛筆で塗りつぶしました。それを見た母親はえらい剣幕で「顔は肌色でしょ
何やってんの!」と怒り始めました。その子はなにやら言い訳をしたそうでしたが、怒ってる母親の前で何も言えず泣きながら「もう一枚下さい。」と言ったのです。
すると横にいた別の母親が、「うちの子もセーラームーンの月野ウサギ(だったかな
)の髪の毛、本当は黄色なのにピンク塗ってるんですよ。でも別にここでする塗り絵は自由でいいんじゃないですか?」と言って、その男の子に「このしんちゃんはお酒を飲んで酔っ払っちゃったのかな?それとも大好きな女の子に会って恥ずかしくて赤くなったのかな?!」と話しかけられたのです。見本として私が最初に塗って飾っておいたものは、大人の私が塗った”正しい”塗り絵でした。でもそれを自分流にアレンジして、感じたままに塗り絵を楽しんでいた男の子の好奇心を摘み取るようなことをしてしまったその子の母親と、やり直しさせることに疑問を抱かなかった私は同じだったと今も思うのです。それに比べて男の子を庇ったもう一人のお母さんの柔軟性と優しさは、何か大事なことを忘れてしまってる自分に気付かされるようでした。「もう一枚・・」と言われ、片手に新しい紙を用意した自分を恥ずかしく思い、これは忘れられない出来事になりました。
朝陽さんに「月がももいろなんておかしい!」と言って傷つけた友達・・・きっと間違いではないでしょうが、お月さまがももいろに見える自由で純粋な眼を持った朝陽さんの心までは分からなかったんでしょうね。私は今からでも、既成概念に囚われない伸びやかな心で物事を見られる人間になりたいです。そしてそんな人を「素敵
」と思える自分でいたいです。
そしてこの詩は、空にあるお花畑から花びらが舞い降りて、悲しみ苦しむ人たちのところに優しく降り注ぐとありますね。空間、色彩が見事に調和されて、温かい気持ちが伝わってきます。こんな素晴らしい詩が7歳の少年に書けるなんて・・いや、7歳だから書けたのか・・・。ただもう驚きと感嘆しかありません。
感想というより私の話ばかりで申し訳ないです
長すぎるので、後半の感想は次回にしますね。
まだお持ちでない方で興味を持たれた方は下記のタイトルをクリックして購入サイトをご覧になってみて下さいね。(ちなみにここでレビューを書いてるのが、このブログに唯一ダメ出しをしたりアドバイスをくれたりする、朝陽さんのファン仲間でもある私の友人です。彼女の方が私よりぜったい文章力あると思います
)
| もしもお月さまがさくらのようなももいろで 著者:内田 朝陽 | |
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では最後にコメントのお礼を!
まぁぶるさんへ・・・まぁぶるさんもご実家がお寿司屋さんですか?わ~っ、偶然ですね!食べ物商売は夜が遅いですから、子供にとっては辛いですよね。今更ながら朝陽さんといいまぁぶるさんといい、私と同じような寂しさを抱えて頑張っていた方たちがいたことを知って嬉しいというのか、感慨深いです。
いじめのことも・・お辛かったですね。と言う私も人事ではありませんでした。また次回お話しますね。環境が似ているから好きになったんじゃないとおっしゃっていますが、私自身はここまで詳しく知らなかったですが、朝陽さんが一人っ子で人見知りが激しかった(今も)ということを知った時かなり親近感を感じました。もう今となっては、どうして朝陽さんが好きになったのか、またどこが好きになったかというようなことは自分でも分からなくなってしまいました
きっと全部ひっくるめて「内田朝陽」という人が大好きなんです
きっと!っということでまたその他の感想やまぁぶるさんご自身のことでも構いませんので、何かありましたらいつでもコメント下さいね。いつでも歓迎ですので!いつも本当にありがとうございます。
Jazzッ娘さんへ・・・いつも本当に素敵なコメントを寄せて下さってありがとうございます。Jazzッ娘さんのメッセージをいつも読ませて頂く度に、何だかとても穏やかな気持ちになります![]()
エドモンド・デ・アミーチスの『クオレ』、もちろん私も愛読書として大切にしています。これは「愛の学校」と訳されているものもありますし、「クオーレ」となっている本もありますね。ご存知ない方も、「母をたずねて三千里」のマルコは知っておられますよね?あれもこの中に出てくるんですよ。内容は小学3年生のエンリコという少年が毎日の学校生活の出来事を取り上げて日記に綴ったもので、その中に出てくるメッセージは、「嘘をつかない、弱いものをかばう、正しいことのためには断固として戦うという正義感と勇気・・」など当たり前のようなもので、豪華なハードカバーで装丁されたものから子供向けに大きな字で書かれているものまでいろいろありますね。エドモンド・デ・アミーチスはイタリア人で、大変な愛国主義者でした。彼がこの本に綴った内容は「日本でいう教育勅語だ!」なんて表現する人もいますが、ここで彼が語っている”愛国精神”とは、ただ国を愛するというご大層なものではなく、本当に身近なことからそれを実現することが出来るんだということを教えてくれています。今のおかしくなってしまっている日本の学校教育、道徳、家庭教育に関わる全ての人に読んでもらいたいような本ですよね
弱き者と共に泣く・・・そんな優しさとそこにある強さを教えてくれる本だと思っています。ご存知ない方はぜひ一度読んで見て下さいね!
それにしても、こういう素晴らしい本をおばあ様からお母様へ、そしてJazzッ娘さんへ・・と受け継いでおられるということに感動を覚えます。素敵なご家族ですね。そんな温かさの中で成長してこられたからこそ、Jazzッ娘さんのお話はいつも何か心に響いてくる”魅力”が感じられるのかな~
と思います。ぜひぜひそれを、その大切な本と共に次の世代へ伝えていって下さいね。それにしてもこういう世代を越えて愛される本が今はなかなか出版されなくなりましたよね。でも今回の朝陽さんの本の素晴らしさ、この世界に共感出来る人がたくさんいて欲しいと願わずにはおられません。また続きの感想も楽しみにしていて下さいね。これからもコメントを心からお待ちしていますので、よろしくお願いしますね!
honey lemon さんへ・・・遠くまで本を求めて出かけられたんですね。ご家族の方の反応がいまいちだったとか・・。どうかお気になさらずに!
私も両親と感じ方が全然違ってしまうものもたくさんありますよ。親と自分じゃ世代も違うし、ある意味仕方ないのかも
でももし機会があれば、honey lemon さんの口から朝陽さんの幼少期の話や、彼がどんな考えも持った人なのか・・教えて差し上げてみて下さいね。きっと「へえ~っ
」っと興味を持って下さる気がします。またコメントを下さいね!お願いしますね。
それでは後半の感想もまたすぐにアップしますので!それと、「どんど晴れ」の4週目もなかなか更新出来ず、楽しみにして下さっている皆さんには申し訳ないです
近日中にはアップしますので、どうぞ覗きに来て下さいね。では。
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